オリジナル&二次創作の小説を、まったり速度でお届け。 最近ボカロ(KAITO)にハマって大変な噂です。
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2007.09.10

 これから、夜の時代が訪れます。
 それは、黒くて、陰鬱で、長い時間です。
 けれど彼らは、それを待っていました。
 短い時間しか生きられない私たちの様にではなく
 ずっとずっと永い時の中を、魂を彷徨わせながら。

 そんな彼らが欲しているのは
 そんな彼らのことを『知っている誰か』なのかもしれません。
 そして
 そんな彼らのことを『知っている誰か』と巡り会えた者は
 とても、幸せなのかもしれません。

 だから
 『逢魔』のもとに、彼らは集まるのでしょう――。




「あら、成瀬さんちの。どうしたの? こんなところで」
 店先に顔を出した近所のご婦人の声に、巡は幾分か下に向けていた視線を上げた。
「こんにちは。ちょっと、店番を」
 おじいさんは、切らしてしまった上白糖の買出しに出かけているから、と呟く。

 ここは、天笠和菓子店。
 荘二郎が出かけていて留守なので、その場にいた巡が店番をつとめている。
「あらあら。天笠さんがお砂糖を切らすなんて、珍しいのね」
「いえ、実は……」
 荘二郎が、店に出す菓子の材料を切らすことなど、まずない。そんな状況を作ってしまった原因は、巡――というよりは、かぼにあった。

 いつものごとくに店に遊びに来ていた巡たちだが、かぼと、一緒についてきていたシンがふざけあっている内に、店の奥にある作業場の、大量の砂糖を全てひっくり返して台無しにしてしまったのだ。
 いかに温厚といえど、さすがに怒らない訳にはいかない荘二郎。いくらかぼが物の怪とはいえ、甘やかしては将来(?)が不安だ。ひとしきり説教をした後、取り急ぎ砂糖の買出しに出かけてしまった。
 奥の部屋で正座しているかぼとシンの巻き添えを食って、巡は店番をしているというわけだ。
「まあ~、偉いのねと褒めるべきなのかしら。災難だったわね。気をつけないとダメよ? じゃあ、この芋羊羹をもらえるかしら」
「あ……はい、ありがとうございます」
 おたおたと、慣れない手つきで菓子を取り出し、袋に入れる巡。
「あと、包装紙を一組分いただけるかしら。包装はおばさんが自分でやるからいいわ」
「は、はい」
 巡は大慌てで、ズルズルと包装用の紙を引きずり出す。
「ゆっくりでいいわよ。でもなかなか、さまになってるわね」
 婦人は、そんな巡の様子を見てクスクスと笑う。
「こういうのを、お仕事っていうのよ。楽しい?」
 興味津々といった体で、巡に向かって腰を折る婦人に、巡は複雑な表情を向けた。
「楽しいっていうか……緊張します。店で物を売るのもそうだし……天笠さんは、自分で作ったものを、こんな風にお店に出してるんだなって思ったら、凄いなって思うし。でも……」
 でも。
 その後を、どう言葉で表現していいかわからず、巡は口ごもってしまう。
 そんな巡の言わんとしていることを、婦人はわかっているとでも言うように、コロコロと笑い声を立てた。
「私はここのお菓子が大好きよ。天笠さんのこれは、人が喜ぶお仕事よね。巡君にも、きっとその良さがわかるのね」
 そうなのかも、しれない。

 ある人は急いで、ある人は笑顔で。
 この店の菓子を買い求めて行く。買うということは、お金を払うということだ。つまりが、この店の菓子には、金を払う、価値がある、ということ。
 それは凄いことなのだと、最近になって巡は理解し始めていた。時々、天笠の家に遊びに来るようになったおかげで。

 みんなが、この店が好きで。
 そしてかぼも、この店のお菓子が大好きだ。

 そんな風に、誰かが喜ぶことを。
 シンや、ミーシャや、そして、かぼが喜ぶこと、を。
 自分の生きる術として行けたなら、それは自分にとっても幸せなことなのだと、巡は思うようになっていた。

「もう少し大きくなったら、店を手伝ってみるか」

 よく、荘二郎にそんなことを言われる。
 それについては、巡も前向きな方向で考えているところだった。
 単なる子供相手の戯言に聞こえなくもないが、荘二郎に限っては本当にそう思って口にしているのだろう。こんなことで、子供に社交辞令的発言をする人物ではない。
 中学に入ったら。手伝ってみるのもいいかもしれない。お給料をもらう訳には行かないから、本当に手伝いで。そして、もしもそうしているうちに、方向を見定められたなら。
 菓子作りを、教えてもらうのも、いいかもしれない。
「うちには跡取りがいないから、歓迎するぞ」
 などと、荘二郎は言う。これも、冗談ではないだろう。
 これも、ひとつの道だ。




「ほら、かぼ。シュークリーム」
「うおっ!」
 荘二郎が帰ってきて、かぼにと持たされたシュークリームを持って、巡は奥の部屋に入った。人型のまま大人しく正座しているシンと、その隣でゆらゆらと揺れていたかぼは、瞬時に振り返った。
「しゅーくりーむとな!!」
 正座をものともせず、シュークリームに向かって飛びかかろうとした二人の手を避けるように、巡はヒョイとそれを持つ手を上に挙げた。
「反省してるのか?」
「「してまーす」」
 巡の言葉に、綺麗にハモる、かぼとシン。
 フウ、と、巡はため息をついた。シュークリームをひとつずつ差し出し、自分もひとつを口に運ぶ。
 甘くて、やはり、おいしい。
「そのうち、僕がシュークリームを作ってやるよ」
 むぐむぐとクリームをほおばるかぼは、そんな巡をキョトンと見つめる。
「なんだ。天笠のあとを継ぐ気になったのか? 気が早いの」
 そんなかぼの言葉には、巡は苦笑を返すしかない。
「具体的に言うのは、まだ早いっていうか、怖いけどね。だけど」
 だけど。
「かぼの喜ぶものを、この手で作って、それをかぼに差し出せる人間になりたいよ」
 かぼや、ミーシャやシンや。両親に姉。朝比奈、荘二郎。他にも、沢山の人たちに。
 笑顔になってもらえる、何かを。

 そうして。
 そうしてかぼが、別れの悲しみよりも、傍にいる喜びを感じてくれるように。
 そんな、人間になれたら。

 ほんの短い時でもいいから、かぼが帰りたいと思える場所になれるなら。

「お子様は、本当に前向きだの~」
「別に。大人になっても、前向きでいるよ」
 口で言うのは簡単だが。その気でいなければ、そんな風にもなれはしない。
「悪くないの」
「うん。悪くない」
 クスクスと笑いあう二人をよそに、シンはシュークリームの最後のひと欠片を、その口に放り込んだ。
「人間って、面倒くさいな~。オレは別にいつまでだって、あの家に居座るけどな?」
「アハハ……」

 どういう未来が待っているかなんて、本当はわからないけれど。
 幸せだったと言える一生は多分、幸せなひと時の積み重ねで出来るものだ。
 だからできるだけ、そんな時を一緒に過ごせるように。
 ただ、それだけのために。

 だから、例えそれが短い時間だったとしても。
 無くても良かったなどと、とても言えやしないのだ。
 巡が遺して行く、そんな短い時の欠片を、永い時を歩むかぼが、その胸に抱えて行けるように。
 かぼが存在し続ける限り、その短い命の煌めきが、消えて無くなることの、ないように。




 だから、気付いて欲しいのです。
 『逢魔』という、特別な力を持つ、あなたに。
 悠久の時の、ほんのひと時を、共に、歩んで行けるように。

 あなたと私が、共に、優しい微笑みに――包まれるように。





==椎名の呟き==
おつかれさまでした~。
何となく始まって、何となく終わった感の強い『逢魔が時!』です。
実は一応、別のお話の前提だったりなんかして……。
物の怪とかって、実は結構流行ってたんですね。知らなかったよ。あっちでもこっちでも、物の怪ネタのあることあること……意外性のない話でごめんなさい。
また、次回作でお目にかかれればと思います。
その前に、トークでも入れるかな?
とりあえずは、これにて完結です! ありがとうございました!
アンド、色々すいませんっしたーーー!!

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2007.09.03

「ちと、早すぎたかの」
 なは、と、かぼは笑う。
「別に今すぐという訳じゃあない。ただ、一生を共に歩むのは難しいなと思っただけだ」
「……」
 その予定もないうちから、別れの予告などするものではない。
 けれど、長い時を生きるかぼにとって、巡の一生は短すぎる。かぼの感覚でのんびりしていたら、巡だけがどんどん先を行ってしまうような気がして。
「なんで……そうなるんだよ」
 勝手に人の前に現れておいて。振り払っても振り払っても、しつこくつきまとった上に、居候まで決め込んだくせに。最初から別れることを前提にしているなら、どうして自分についてきたりしたのか。
 巡には、それがわからなかった。
「出会ったこと自体は、かぼのせいじゃなかろ」
 それはそうだが。
「出会ったのは偶然。別にお互いの意志じゃない。なのに出会ってしまったのだとしたら、その出会いはとても大切なものだ。違うか?」
「……」
 誰も、別れるために出会うわけじゃない。
 けれど、出会いの数だけ別れも存在する。どんなに近しい人間にも、いずれは。どれだけ長い時を共に過ごした後でも、いつか必ず、最終的には命の終焉という形で。
「出会ったのなら、仲良くしたいじゃないか。別れる悲しみに脅えていたら、誰とも巡り会えなくなってしまうぞ」
 理屈はわからなくはないが。巡は、実感として、まだそれがわからない。

「それならあ~」
 間延びした声が、巡たちの会話を遮る。
 芽衣だ。
「メグが結婚しなければいいんじゃない? ずっとこのままこの家にいれば~、新しい家族の心配なんてする必要ないし、私たちはみんな、かぼちゃんのことを怖がったり邪魔にしたりしないんだし~」
 にっこりと、まるで罪を感じさせない芽衣の笑顔だが。
「大丈夫だよ~。そしたら、メグの面倒は私が一生見てあげるし~」
 芽衣、煩悩丸出しだ。
 多分彼女は、本当に一生巡の傍にいられたらいいと考えているのだろう。巡が結婚しなければ、自分が妻のように寄り添って一生面倒見るつもりでいるのかもしれない。
 ブラコンパワー炸裂で、無茶を言う。
「……芽衣……」
「おいおいおい、そりゃちょっと無理あるだろ」
「ええ~」
 この姉弟がヤバい道に曲がっていかないよう、一応、倫理上制止してみる律儀な朝比奈。

「でもさ……でも」
 巡が大人になることも、それで新しい社会や家庭と出会うのが事実なのだとしても。
「別に、四六時中一緒にいなければいけないってわけでもないだろ? 例えばちょっと離れた所にいたとしても、時々顔を見せ合うくらいのことは出来るはずじゃないか」
 もしそれができるなら、わざわざ「別れ」の話などする必要はない。
「ま、それはそうなんだがの……」
 同じ家の中で暮らすことが出来ないにしたって、時々会うことくらいはできるはずなのに。かぼの言い方だと、いつかかぼが、巡の前から忽然と姿を消してしまうというような。そんな風に聞こえてしまう。
 けれど実際かぼは、そういう意味で、巡に話をしていた。

 別れを畏れていたら、出会うことなど出来ないと。そう言いながらもかぼは、いつか来る本当の別れを、畏れていた。
 それは本当に、単なる気持ちの問題だけれど。

 かぼがずっと巡の傍にいたとしたら。
 いつかかぼは、巡の死に行く姿を、見送らなければならないことになる。

「わちも、ミズに偉そうなことは言えんの」
 置いていかなければならないミズに。置いていくことを恐れるミズに、偉そうに説教していた自分も、本当はこんなに臆病者だ。
 巡がこの世から消え去るのを目の前で見届けるくらいなら、そんな死に別れがまだ彼方であるうちに、離れてしまった方が楽だと。そうしてどこか、遠い空の下で。ヤツは元気かな、そろそろいい年になったかなと、思い馳せていた方が。
 もういい加減生きてはいないだろうなと、想像だけで済ませられた方が、どれだけ楽かと。

 これまで何度、そうやって親しい誰かを見送ってきたことか。
 何度、それを逃げてきたことか――。

 どれだけ繰り返しても、それに慣れることはない。
 それだけ繰り返しても。
 かぼの魂が、磨り減ってしまうことはない。
 消耗し、自分自身が消えてしまうこともかなわないまま、これからもずっと続いて行く、ただ繰り返される、出会いと別れ。

「なんなら、メグが選んでもいいぞ。かぼが去るのを見送る悲しみを選ぶか、それとも、ぬしがこの世から去るのを見送るかぼを悲しませる方を選ぶか。好きにしていい」
 そんな。
 そんな風に、言われても。
「ずるいよ……」
「そうだの、ずるいの」
 そんな風に巡に選ばせようとするかぼは、たしかにズルいのかもしれない。
 けれど、いつか来るそれは、紛れもない事実だ。

 かぼの次に年長である朝比奈が、ため息と共に肩をすくめた。
「まあまあお二人さん。そんなに焦って話を進めなくたっていいだろ」
 少々張り詰めた空気の中、巡とかぼは朝比奈に視線を移した。
「今すぐって話じゃないだろ? そりゃ物の怪にとっては10年くらいあっという間かもしれないけどさ。まだまだ二人は、一緒にいていいはずなんだからさ」
 巡は、頷いた。
 深く考えすぎていた頭を、フルリと振る。
「うん。まだ、その話は後にしようよ」
 意味も無く、引き伸ばしたい訳じゃない。
「僕が大人になって、それまでずっとかぼと一緒にいて、ちゃんとものを考えられるようになってからだって遅くはないだろ。僕にはまだ、無理だ」
 別れというものを考えるのも、それに対する結論を出すのも。
 今しなければいけないことじゃない。
「そうか」
 別にかぼも、今すぐ結論を出したがっている訳ではない。ただ事実として、いつか来るそのことを、巡に伝えておきたかっただけだ。


 いつか巡にも、かぼの言っていたことが、わかる時が来る。
 人と共に歩み続けるが故に孤独な、かぼの思いも。
 けれど愛さずにはいられない、人と彼女とのつながりも。
 人という、永い時を歩む命の、自分はその儚い断片でしかないということも、だからこそ、その儚さゆえに、命は愛おしいものなのだということも。

 それを少しずつ拾い集めながら過ごすこれからを。
 巡はただ、かぼと一緒に歩いていけばいいのだ。

 いつかどこかで訪れる、その時まで。





==椎名の呟き==
一応、次回で最終話になりそうな気配です。
このままゆるゆるっと終わりますので。アンフェアばかりですが、最終回で急にぅん十年後とかになるようなオチも、ナッシングですw

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2007.08.28
 コトリとテーブルの上に置かれた麦茶を、朝比奈は「いただきます」と口に運んだ。
 トレイの上の麦茶をかぼと巡の前にも置き、芽衣は自分もその場のソファに腰掛ける。
「ホント驚いたよぉ。部屋にいたはずのメグが、先生の車で帰ってくるんだもん」
 うん、と、朝比奈は頷いた。
「オレも驚いた。まさか木霊山から救助要請が入るとは思わなかったからな」
 巡の家付近から木霊山までは、車で移動しても30分ほど。もしも朝比奈に時間の余裕が無かったら、今頃巡の精神は朽ち果てていたかもしれない。そうなる前に、歩いてでも飛ぶ以外の方法で帰ってこようとするかもしれないが。
「ズルいなメグってば。私に内緒で木霊山まで遊びに行っちゃうなんて~」
 別に遊びに行った訳ではない。というか、一時話をしてトンボ帰りというか、ぶっちゃけ短時間の森林浴しかしていない。

「かぼちゃんは、どうしてメグにその現場を見せようと思ったの?」

 かぼの母体ともいえる少女が命を絶たれた村。
 聖域とされながらも、鬼となった物の怪に占拠されていた霊山。
 かぼは、静かな仕草で首をかしげた。
「氷村という存在に出会っていなかったら、話す気になったかどうかもわからん。それだけわちには、氷村は脅威だった。わちが連れて逃げなかったら、氷村の祖先たるあの赤子は、おそらく生きてはいなかっただろうしの」
 そんな氷村と、そして自分のルーツのようなものを。
 話すのには確かに、いい機会だったかもしれない。
 けれど、一番に思うのは。
「氷村を見たとき、人間の寿命の長さを思い知った。けどな、それでもな。同時に、間逆のことも思うの」

 少女の亡骸を目にし。
 その少女の産み落とした赤子をさらって逃げた後に、たったひとりとなって。
 誰にでもなく、見上げる空に向かって、かぼは呟いた。

 ――人の命は、なんて短い――。

 少女は年端も行かぬうちに、その命を武器によって奪われたが。もしそれが無かったとしても、人ひとりの命は、とてもとても儚い。だからこそ人は、子を残すことで命を繋いで行くのだけれど。
 それでも。
 巡だって、そうそう長くは生きられない。のんびりしていたら、気付いた時にはこの世からいなくなっているだろう。
 だから、巡がいなくなってしまう前に、話しておきたかった。
 そして、聞いておきたかった。
 かぼが、人の物の怪でも、何も変わることはないよと。

 出会った頃は、拒絶を恐れていた。
 人々に忌み嫌われた彼と同じように、かぼも巡たちから嫌われるのではないかと。だから、本当のことを言えなかったけれど。
 今は、そんな風には全然思っていない。
 巡なら、たとえ状況に理解が及んでいない結果だとしても、かぼの存在を肯定してくれるだろうと、確信が持てていた。そんな風に自信が持てるようになるまで、本当のことが言えなかったなどと、臆病者だと称されても仕方がないかもしれないが。
 突き放されたくはなかった。
 けれど、できるだけ早く、本当のことは言っておきたかった。
 だって、巡個人の寿命とは関係なく。

 多分。

「わちは、そう長いこと、メグの傍にはいられないからの」
「……!?」
 かぼの一言に、巡は目を見開く。
「……なんで?」
 そんな風にしか、問うことが出来ない。
 かぼは、そう遠くない未来に、巡の傍から消えようとしているのだろうか。
 だがかぼは、相変わらずヘラヘラとお気軽な笑みを巡に向ける。
「それは当然だろう。今はまだいいかもしれん。けどな、ぬしだっていずれは大人になる。ぬしがそうやって大人になって行く過程で、わちがずっとぬしに張り付いていたら、いつかきっと、わちのことを邪魔に思うようになるぞ」
「そんな」
「そうやって、いつか誰かと家庭を持つようになっても、かぼがずっとメグにくっついてる訳にはいかんだろ」
 コブつきならぬ、魔物つき。しかも、人間から生まれた、まるで人間のような物の怪。
 まだまだ認知度の低い物の怪と一緒のまま、人間の社会を生きていくのは難しい。本人はそれで良かったとしても、周囲がそれを受け入れてはくれないだろう。
 かぼは、そう考えている。

「……」
 そんなことを急に言われても。
 いつか大人になるなどという事実は、今の巡には、理屈でわかってはいても、心から実感することは到底出来ない。出会いがあれば、別れもあるという当然のことすらも。

 いつか来る『別れ』の予告に、巡は無言で考え込むことしか出来なかった。





==椎名の呟き==
そろそろ、逢魔が時のお話も、収束に向かいます。
こういうことを言っちゃうのはアンフェアですが、かぼがいなくなって終了、ということだけはありませんので、一応w

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2007.08.22

 見えないものは、見ようとしなければ、見えない。
 見ようとしても見えないものならば、尚更目を凝らさねば、見えようはずもない。
 誰も同じように、そこに存在しているのに――。

「見えたら見えたで、人はそれを恐れる。直視しがたい己の姿を映す鏡なら、いっそ壊してしまいたいと願うほどに」
 何ゆえ、人が人を殺め、人でない自分が、いわれ無き別離の苦を味わわねばならないのか。
 生まれ落ちたときから、ずっと傍にいた。
 一番の理解者だったし、他に人の友人などいなかった。

「悲しむことなどない、どうせ人の寿命などたかが知れていることだ。魔物は情の薄さゆえに社会を持たないもの。それが生みの親であろうが何であろうが、関係のないこと」
 かぼは、ゆっくりと巡から視線を外し、空を眺めた。
「そう、自分に言い聞かせてみたがの――」
 かぼのために、人の物の怪の許を訪れた少女。
 顔も知らぬ物の怪の、あるかどうかもわからない心を解きほぐすために旅立った彼女を待ち受けていた悲劇。

 だからかぼは、雨が嫌いだ。
 あの時、少女の血と命を洗い流した雨を、かぼは今でも好きになることができない。

 言葉を交わした者が、一瞬にして肉塊と化したあの瞬間は、悠久の時を過ごすかぼの中では、永遠に風化してくれない。
 そして、時を越えてその傷を抱え続けている者もまた、自分以外に存在したのだ。
 あの時、禁忌の子供を生かしたがために。

 だがそれは、もういい。
 もういいというのも変な話だが、あの時に起こった一連の事件について、誰が悪いとか、自分が愚かであったとか、そんな言及や懺悔がしたいわけではない。
 あれはそういう、流れだったのだ。
 回避できる方法が無かったとは思わない。
 後悔して時が戻るのなら、誰だっていくらだって後悔するだろう。
 けれどそれでも。そうなってしまったのだから。
 過ぎ去った過去は、作り上げられてしまった運命であって、元には戻らない。
 それが世界というものだ。
 かぼを作り上げた人間という存在を、その事件のせいで忌み嫌うつもりも、ない。
 恨むのではなく、共存できる方法を。
 悲劇に胸が痛むのであれば、できるだけそれを起こさない方法を考える方が、かぼにとっては重要なことだ。
「メグをここに連れてきたのは、単に知っておいて欲しかったからだ」
 何事もなかったかのように、かぼはニヤリと笑った。
 氷村に受け継がれた悲劇の記憶の中に、かぼの存在があったことを。
 そして、どんな運命であれ、共に存在し続けていく、自分は人間の物の怪なのだということを。

「……」
 どう反応していいかわからない巡を、かぼはいつもの憎たらしい視線で見やる。
「ぬしが知りたがっていたんじゃないか。かぼが何の物の怪なのか、知れて嬉しかろ?」
 からかうような物言いに、巡は眉を寄せる。
「そりゃそうだけど……」
 事情が複雑すぎて、どんな顔をしていいのかもわからない。
 正体を明かそうとしないかぼに腹を立てたこともあったけれど、長い時を過ごす物の怪には、それ相応の経験や事情があるという事実を、今実感したばかりだ。
 途方も無く長い時間の中には、きっと他にも様々な出来事が。
 多分それは、巡の理解の範疇を超えるほどに、膨大なもの。
 自分はあまりにも、幼くて小さい。身体も――心も。
 けれどそれすらも、当たり前で、仕方のないことで。

 もちろんかぼは、そんな巡を叱咤するわけでもなく、励ますでもない。
「メグは、かぼが人間の物の怪だと知っても、恐ろしくはないかの?」
 ニコニコと問うかぼに、それだけははっきりと、巡は首を横に振った。
「そんな訳ないだろ。他の物の怪だって沢山いるし、襲いかかってきた魔物だっているわけだし。なんで人間の物の怪だからって、かぼを憎んだり怖がらなきゃならないんだよ」
 巡にしてみれば、人間の物の怪だというだけで彼を追い詰めた人々の方が理解できない。
「うん。メグが子供で良かったと、わちも思っているがの」
「なんだよ」
 確かに子供だが、かぼにサラリと言われると、何となく悔しい。
 そんな様子が目に見えたのだろう。かぼはさらに笑みを深くする。
「拗ねるな。馬鹿にしている訳じゃないぞ。ただ」
 巡が何も知らない子供だと言いたい訳ではなく。
 大人は色々と複雑なのだ。純粋で無垢な心を持ったまま、大人にはなれない。故に大人は、余計な情報や感情を持ってしか、他と接することができない。それが悪いというわけではなくて、それが、大人になるということなのだ。
 巡がそういう大人だったなら、かぼは今ここでこうしてはいないだろう。

 巡が子供であったから、かぼは彼と一緒にいられる。
 そして、共にありながら大人になっていくことも可能だろう。

 かぼは、巡に向かって両手をズイ、と差し出した。
「色々と話せることもあるが、とりあえず帰ろうかの?」
 ニコニコと差し出されるその手は、巡を再び抱え上げようとしているのだろう。
「……!!!」
 あの悪夢のような時間が、再び。
「待て、ちょっと待て!」
 巡は慌てふためきながら、胸にぶら下がる硬いものを握りしめた。
「……あ、携帯!」
 こうなるとわかっていた訳ではないが、何気なく首からぶら下げていた、自分の携帯電話。これまで意識してもいなかったが、持っていて良かったと心から思う。というか、ここに来るまでに振り落とされなかったのは幸いだ。
 巡は咄嗟に、胸の携帯をパカリと開いた。
「なんだなんだ」
「いいから黙ってろ!!」
 誰か……誰か。
 というか、ここで頼れるのはおそらく、ひとりしかいない。
 つい最近登録された番号を呼び出す。
 頼む、暇でいてくれ。

『どうしたぁ?』
 割とすぐに電話に出た相手ののんびりとした声に、巡は食って掛かるように叫んだ。
「先生、今すぐ迎えに来て!! でないと僕、多分死ぬ!!!」
『……は?』
 電話の相手――朝比奈に、巡はひたすらに、助けてくれと叫び続けたのだった。





==椎名の呟き==
帰りは車です。良かったね。
でも車で来られる場所までは、徒歩で移動せねばなりません。再びかぼに抱え上げられて、そこまで強制移動させられるのが関の山ですが。

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2007.08.15

 かぼから漏れた言葉は、巡の予想を遥かに上回るものだった。

「鬼とされた物の怪の子を産み、人間にその命を絶たれた女はな……わちの生みの親でもあった」
「……え?」

 それは一体、どういうことだろう。
 かぼは物の怪であるはずで、誰かが産んだ訳ではないはずで。でもその女性が産みの親だというなら、その女性も物の怪だった? いや、それはない。彼女は人間だったが故に、悲劇の末路を辿ったはずだ。それに物の怪は、子供を産まないものだろう。
「生みの親、と言うと誤解を生むかの。かぼは、その女から生まれ出た物の怪、ということだ」

 突然に、唐突に。
 生の刻のあらゆるものから、突如として発生する、物の怪。
 ミーシャが川から、シンが猫から発生したように。
 かぼは、人間から。
 ということは。

「かぼも、人間の、物の怪なのだよ」

 人間の、物の怪。

 確かに、人間の物の怪が複数存在しないという決まりはないかもしれない。それはまあ、いい。けれど巡が驚いたのは、そこではなくて。
「だから、今までメグには本当のことは言いにくかった。人間の物の怪が、人にどういう感情を与えるのかは良く知っていたつもりだし」
「い、いや」
 鬼と呼ばれた物の怪が、当時の人間にどう思われ、どういう扱いを受けたかを考えれば、かぼが巡に本当のことを言えなかったというのも納得は出来る。それはわかるのだが、そうではなくて。
「そんなことより、かぼ。じゃあかぼは」
 古い過去。その時、その惨劇の場で。
「かぼは自分の生みの親といえる人を、亡くしたのか?」
「そうだ」
 淡々と、微笑さえ浮かべて肯定するかぼ。
 生みの親と言っても、偶発的にその人間から生まれ出てしまったというだけで、本当の意味での親という訳ではない。それに、物の怪は人間の言うところの情というものを、あまり多くは持ち合わせてはいないらしいがそれでも。

「人なぞ、どうせ一瞬で死んでしまうものなのに、なぜ殺さねばならんのだろな」




 逢魔の力を持つその少女から、今はかぼと呼ばれる物の怪は、ポロリとこぼれおちた。
 まさにそんな感じで、彼女は生まれた。
 物の怪と呼ばれるものが、どうしてこの世に発生するのか、それはわからない。けれど。少女は言う。

「あなたは多分、私の『生きたい』っていう気持ちから生まれたんだね」

 逢魔の中でも抜きん出た力を持つ少女は、その力ゆえに、形ないものの言葉を伝える者として祭り上げられ、長い時を巫女として生きてきた。
 自由を奪われ人に利用され続けることを拒まなかったその少女は、生きていないと言っても過言ではない人生を送っていたのかもしれない。
 けれど少女は、彼女を崇める人々の隙を突き、旅立った。
「あなた以外に、人間から生まれた物の怪がいるらしいの」
 それは風の噂というか、物の怪たちの情報網から得た話だ。
「私、会いに行ってくるから、あなたはここで待っていてね。決して人前に出てはだめよ」
 人と物の怪がわかりあいにくい存在であることを、少女はその経験でもって痛感している。それが人間から発生した者であるならなおさら。だから少女は、常から彼女には人前に出ないようにと言って聞かせていた。
 物の怪にしろ人間にしろ、心ある者ばかりではないのだ。

 けれど、何故そうまでして、人の社会でいわれなき反目を買うことを承知の上で、人から生まれたその物の怪に会いに行こうというのか。
 その場から逃げ出したと知れれば、ただでは済まないだろうに。
「あなたと、友達になれるんじゃないかな。それに彼――彼女かな。も、もしかして人の物の怪であるせいで困っているかもしれないし」
 人から生まれたというのであれば。
 会っておきたい。
 逢魔の力を持つ者として、伝えておきたい。

 生と魔の存在は、真にわかり合うことは難しいかもしれないけれど、折り合いを付けていくことはできるはずだと。
 ――人を、憎んではいけないと。
 許し、妥協し、極力理解し合って行くことで、生も魔も、もっと楽に共存して行けるものなのだと。




「当時のわちは、好きにすればいいと思っていたがの」
 物の怪の生みの親であるが故に、共存しにくいことでその心を痛めているのであれば、自分の満足のいくように行動することを、止める理由はない。
 自分の一番の理解者である少女を、かぼも、理解していたかった。
 だから少女の言うとおり、大人しく待っていようと思っていたのだが。
「旅路は遠い。それに何が起こるかもわからない。一応、様子だけは見ておいたほうがいいんじゃないかと、ふと思い立ってな」
 その遠い地にある人の物の怪は。
 意識して情報を集めれば集めるほど、良い噂を聞かない。

 ふと思い立って、というのは嘘かもしれない。
 かぼは聞いたのだ。
 人間の女が、人を模した物の怪の子供を宿したことを。
 なんてことを。
 ――なんてことを。
 何故、そういうことになるのだ。

 そうして少女を追ったかぼは、手遅れを思い知ることになる。

 ぼんやりと彼女を待っていた、一年を越える時間。
 せめて、あと一日でも早く思い立っていたなら。
 むしろ、あと一時間でも早くそこにたどり着いていたなら。
 少女に向かって振り下ろされる凶器を、止めることが出来ていた。

 だが、そんな『もしも』に縋ることなど許されないほどに、時の流れは正確なのだ。
 過ぎた時間を戻すことは、悠久の時間を過ごす物の怪にだって、できはしない。

 降りしきる雨と一緒に大地に流れ落ちていく命を。
 当時のかぼは、黙って見送ることしか出来なかったのだ。





==椎名の呟き==
一話からの伏線が、こんなところに……ッ!
ていうか、今まで書こうと思ってもその隙が見つかりませんでしたって話ですが。

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2007.08.08

 旅行なんて言うから。
 かぼとふたり、向かい合って電車でガタンゴトンと揺られる旅を連想してしまった巡は、旅行番組の密かなファンだ。しかし、かぼの存在を他に知られたくないなら、傍目から見れば、巡、無言の一人旅ということになる。
 しかしそれは、巡の想像に終わった。
 大体、かぼと二人きりで小学生が旅行など、保護者に許しを得られるはずがない。いくら相手が天然の由美香であってもだ。

 実際は、もっとあり得ない『旅行』だった。

 別にいいけどどうやって、と呟いた巡を、かぼは早速とばかりにその肩に担ぎ上げた。
「……え!?」
 カラリと窓を開け、巡を担いだままのかぼは、そのまま窓の外へと飛び出した。
「あまり暴れるんじゃないぞ~」
 かぼの身長では、担いだ巡の手足を引きずる勢いだったが、空中だから心配無用。
 そう、空中だから。

「ぎゃあああああああああ!!!」

 電柱から電柱へと。木から木へ、屋根から屋根へと。
 ストーンストーンと軽やかに飛び移るかぼの速度は、道路を走る自動車と大差ない。
「…………ッッ!!!!!」
 自分の半分ほどしかない少女に担がれて空を舞う巡は、たまったものではない。むしろ、生きた心地がしなかったというか、全ての感覚を自覚している余裕すら無かったというか。
 朝比奈ですら軽々と掴んで数メートル飛び上がることの出来るかぼだから、本人はいたって平然としているのだが。

 時間にして、30分ほど。

 それだけの時間を空中アクロバットに費やした巡は、目的地に到着する頃には、既に気を失っていた。

「人間ってのは、本当に軟弱だの……」
 ビシビシと頬を叩かれて目覚めた巡にかけられた、かぼの第一声。
「軟弱ってお前なあ……あ……うえぇ」
 眩暈と吐き気を覚える巡は、反論もろくに出来ずにその場にうずくまる。
「こんな……人に見られたらどうするんだよ……」
「大丈夫だ、見られやせん。あんまりメグが騒ぐから少し心配だったが、途中からは静かだったしの~」
 かぼの無茶苦茶は今に始まったことではないが、ここにきて巡、己の認識の甘さを思い知った。かぼの本気は、想像以上だ。というか、多分まともな思考では及びもつかない。
「ほれほれ、元気を出せ。ここは空気もうまいからな。深呼吸するがいいぞ」
「……」
 そういえば、ここはどこだと。
 ゆるゆると頭を上げた巡は、辺りを見回した。
「メグのうちから、そう遠くもない。木霊山は知っておろう?」
「こだまさん……?」
 知ってはいるが、そんな方まで来ていたのか、と驚く。標高1000メートルほどの、近辺では大きい方に属する山だ。巡も何度か訪れた記憶がないでもないが、しかしこんな場所は知らない。人の手がまったく入っていないのに、木々や雑草で覆いつくされているでもない。
 かぼによれば、巡たちが観光地として知っている頂上付近とは少々離れていて、登山コースとしても開拓されていない場所らしい。
「開発しても仕方のない場所だがな。それにしてもこれまでまったく、手が付けられてこなかったというのも不思議な話だ」

 もう千年以上が経過するというのに。

 かぼの呟きに、巡は訝しげに彼女の顔を見た。
「千年?」
 かぼは笑う。
「昔はここにも小さな村があったんだがの。さすがにこれだけ時間がたつと地形も変わる。人が足を踏み入れるのも困難になっているかと思えば、案外そうでもないのだな」
 それなりに生い茂る木々間に生える草を踏みしめて、かぼは少し歩く。人の手が入っていないという割には、それほど荒れてもいないそこは、何とも不思議な空間だ。

 ここは、古い古い、小さな霊域。
 禁忌の交わりと殺生が行われたこの地を、人間は無意識に避けてきたのかもしれない。これまでずっと。
「ここって……」
 巡が眉を寄せる。
 巡の先を歩いていたかぼが、ふわりと髪を揺らして振り返った。
「ここは、氷村の祖先たる子供が産まれた場所だ」
「……!」

 人と物の怪の子供を少女が宿し、その少女が殺された後に廃村となった村があった場所。
 かつての、悲劇の場所。
「やはりメグにも聞かせておこうと思ってなぁ」
 ヘラヘラと笑いながら言うかぼの表情が、ほんの少しだけ曇って見えたのは、多分巡の気のせいではなかった。





==椎名の呟き==
結構近くにあった過去の場所。
というか巡ってどこに住んでるんだ。あ、もちろん「木霊山」というのはフィクションですw


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2007.08.02

 忙しなかった7月が過ぎ、8月となった。
 夏休みともなれば課題もあるし、普段はやらなくていい諸々の用事も言いつけられたりして、それなりに忙しいものだが、それでも夏の暑さの中、巡は割と暇を持て余していた。
「アレはないのか。ほら、良く聞く塾だの、夏期講習だの」
「なんでそういう知識はついてるかな……」
 これまた暇そうなかぼの言葉に、巡はげんなりとベッドの上でゴロリと寝返りを打つ。
 巡は塾にも通っていないし、夏期講習などというものにも縁がない。一応小学校入学の際に受験はしたが、来年の進学時には藤乃木学園グループの中学に内部入学する予定だ。この学校は持ち上がりの場合内部考査しかない。よほど酷い成績でなければ、簡単に中学校まで持ち上がりで進学できるシステムだ。そこそこの成績を保っている巡は、余計な勉強をしようとまでは考えなかった。
「氷村さんのこともあったし、少しはゆっくりしたいよ」
 暑さのせいか、若さに欠ける巡の台詞。
 実際、巡の夏休みなど、いつもこんな感じだ。父親は単身赴任で不在、暇を持て余した母は家庭の潤いのためにパートの仕事に精を出しているから、夏休みだからといって大型レジャーが待っている訳でもない。巡も芽衣も、そんな生活に慣れ切ってしまっていたから、不満が出ようはずも無かった。
 というか、要は出不精なだけか。

「氷村さん、か……」

 夏休みの前半は、色々な意味で衝撃的だった。
 魔物に襲われるなどという前代未聞な経験もそうだが、氷村のように、魔物と人間の血を分けた存在が、自分の知らないところでしっかりと存在していたなんて。
 世の中は広すぎるというか、考えていたよりも奇抜というか。
 人間と物の怪が分かり合えなかった結果が彼であると見せ付けられているようで悲しいけれど。巡だって最初は、物の怪であるかぼを素直に受け入れようとはしなかった。昔の人や物の怪のことをどうこうとは言えない。
 今の信頼関係があるのは、かぼが立ち回って巡の心を開いてくれたからだ。
「なんだ。あ奴のことが気になるか?」
 相変わらずニヤニヤと笑った表情のかぼは、グラスに注がれたオレンジジュースの中に浮かんでいた氷をボリボリと噛んでいる。最近のお気に入りらしい。
「ん~……」
 氷村そのものが、という訳ではなく、氷村にまつわる過去の事件と、これから自分が進んでいく未来のことが気になる、と言った方が正しいかもしれない。
 過去のことを、言葉で聞いただけでは到底理解など及ぼうはずもない。そうでなくとも通常なら、おとぎ話としてでも語られそうな、突拍子もない話だ。
 それでも魔の刻というものが、これから訪れるのは確実で。
 以前かぼは、本格的な魔の刻が訪れる頃にはもう巡は生きてはいないと言っていたけれど。それでも時代は変わりつつあるのだ。
 他人よりも一歩先を進んでいる自分は、これからどうやって生きていくのだろうと。
 自分にどんな未来が待っているのかなどと、具体的に考えたことなどこれまでも無かったが、だからこそ、自分の未来に不安を覚えるようなことも無かった。
 魔物との対立とか共存とか。
 考えるというか、思いつきもしなかったのは、当然のことだ。

「ふ~む」

 何事かを考えるような素振りを見せるかぼ。
 飄々と、どうでもいいようなことを考えているようにも見えるが、その表情は、良く見れば存外に真摯なものに満ち溢れている。
「そんなに力むほどのことではないと、わちから見れば思えるのだがの……でもまあ、馴染めと言われても、素直にはいそうですかと言うことが出来ないのも、人間の特徴だからの~」
「……悪かったな」
 その手のグチやら説教やらは、これまで散々聞いてきた。
 人間は、正体不明のものを恐れ、排除するようにできている。もちろん例外だってあるが、それは単なる個人差で、実際人は、自分と違うもの、ましてやその根本を知ることの出来ない物の怪の存在を、そう容易く受け入れられるような社会は出来上がっていない。
 いくら代を重ねたところで、そうそう変わったりなど出来ないものだ。
「今回改めて思い知ったが、人間の寿命は長い。他を招き入れないからこその長さなのだとしたら、このままでいた方がいいのかもしれんが、わちら物の怪にとっては寂しいものだの」
 しみじみとしたかぼの言葉に、ゴロ寝していた巡はベッドの上で上半身を起こす。
「人間の寿命が長い? 100年足らずなんて、かぼにとってはあっという間のことだろ?」
 しかしかぼは、首を横に振る。
「それは、例えばメグひとりの寿命を考えれば、その通りだがの。だが人間は、短い命だからこそ次世代を残す。もちろん人間以外の生の刻の住人も、皆そうだがの。わちが言っているのは、その長さの話だ」
 人は子を生し世代を繋ぐ。歴史を作る。そうして古からこれまで、人間というものの存在を存続させてきた。かぼが言うのは、その人間全体の寿命の話だ。
 人間全体の生きてきた時間は、とても長い。

「わちがこれまで存在し続けてきたのが、何よりの証拠だ……」
「……え?」

 一瞬眉を寄せた巡に向かい、かぼはニッコリと笑顔を向けた。
「メグ、暇ならわちと旅行せんか」
「……はあ?」
 突然のかぼの言葉にぽかんと口を開いた巡だったが、そんな彼を見つめるかぼは、ただニコニコと笑って返事を待っていた。





==椎名の呟き==
どこへ行くつもりですか……。

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2007.07.28

「生かしておくべきではなかったかな……」
 かぼが、ぽつりと物騒なことを呟いた。
「え?」
 何を、と、巡がかぼを見つめる。
「情に流されて、わちはあの時、子供を連れて逃げたがな……」
 その結果、どれだけの永い間、その子供たちは過去の悲しみと矛盾を背負って生きてきたのか。
 ほんの気まぐれと同情。それが、時代を越え連なる悲劇を生み出したのではないか。

 だが、かぼのその言葉には、氷村は軽く首を振った。

「そうでもないさ。確かにその事件、その当時に居合わせた人々と魔物には悲劇だったかもしれないが、我々子孫にとっては、あくまで過去の記憶でしかない」
 けれど、その過去の悲しみを自分のことのように記憶し、胸を痛めたのも事実で。だからこそ、同じ場所に存在する生と魔のあり方を変えたいと、氷村は考えた。
 悲しい過去があるからこそ、それを背負わなくていい未来を作れたならと。
 悲しみの中にあって、それは前向きな考え方だった。
「もっとも……私が子供を作りさえしなければ、人の中にある魔物の血は、私で終わるはずだがな」
 何故祖先たちは、ずっと血を繋いできたのだろうと、氷村も考えたことはある。
 しかもこれまでずっと、一代に、たったひとりだけ。
 二人以上の子供を持たず、けれどその血を絶やすことなく。
 そこには何がしかの意味も、あったのか。
 人の中の魔物の血を、木の根のように増やすことを恐れたのかのかもしれない。けれども、それを消滅させないようにと。
「本当のところは私にもわからんがね。だから私は無責任でも、私でこの血を終わらせてもいいと考えている。だからこそ、この時代において、自分に出来ることは全部してから終わろうと」
 無責任というか、血を残すことを強制された記憶は一度もないし、強制された祖先もいなかっただろうと思う。けれどそれでも血を残してきたことに、意味があるのは間違いないのだろうが。
「確かに少し、悲しかったかもしれないな。この血をここで終わらせてもいいと思うくらいには。だがだからこそ、生と魔を近づけようなどと考えもした。これは私だけではなく、連綿たる祖先全ての願いだ」
 君は歴史を変えたのかもしれないよ、と氷村は言った。
 しかしかぼは、苦笑しながらため息を漏らす。
「だが、わちはぬしのやり方には口も出せないが、感心もしないぞ」
 理由もわからず襲われた立場としては、当然だろう。氷村の出した魔物によって消滅の危機ですらあったのだ。
 それについては、氷村は否定もせずに唇の端をつりあげた。
 たしかに加減はしていたが、もしもという事態が絶対に起こらない訳ではないのだ。
 だがだからこそ、最初から覚悟もしている。

 魔物や人類の、敵となることも。

 氷村がそういうつもりであったから、藤乃木も氷村にそれを求めた。
 それで、いいのだ。
「別に、問題ないわよ~」
 それまで黙っていた少女が、陽気に口を開いた。
「だからセンセには、私がついているの。ひとりで悪者にならないで済むようにね」
 藤乃木高校に通うこの少女は、自身の力ゆえに氷村の本質と行動を知るに至り、高校に入学して以来ずっと氷村の手伝いをしてきた。藤乃木たちの作り上げた機関に属する若手であり、藤乃木が氷村につけた助手のようなものだ。
 彼女だけは、何があっても氷村の味方だ。例え世界が敵に回っても。
 ゆえに彼は、ひとりではない。

「そろそろ行くか……鳳」
 鳳と呼ばれた少女は、かぼに向けていた視線を歩き出した氷村に移した。
「は~い」
 やるだけやって、多くを語らずに飄々とそこから立ち去ろうとする氷村だったが、ふと足を止めて巡たちの方へと振り返った。
「ああそういえば、あのシュークリーム屋の主人にも、探りを入れるような真似をして済まなかったと伝えてくれ」
 彼がミズと接触していたのは確認済みだったが、それ以外の物の怪の影は、彼の周りにはまるで無かった。年齢のせいもあるかもしれないが、性格的にも落ち着いて安定しているようだったから、もしもこの先再び物の怪と接触するような事態が起こったとしても、彼なら上手く対応できるだろう。
 探りを入れられていることに気付いていたのだろうに、脅えるでもなく怒るでもなく、それこそ、水面のような人物だった。
「わかった……」
 シュークリーム屋にされてしまった荘二郎を気の毒に思いつつ、巡は否定せずに苦笑した。よほどシュークリームが、広くない店内で目立っていたのだろう。

 騒がすだけ騒がせて、あっという間にその場を去ってしまった氷村を見送りながら、地面に尻をついたままの朝比奈は盛大なため息をついた。
「疑問も文句も何もかも、藤乃木の爺さんが引き受けてくれるんだろうなあ……」
「……あ……」
 良く見れば朝比奈は、その肩を血で染めたまま座り込んでいる。
 ぶっちゃけ、その場にいた皆、忘れていた。
「痛いか? 担任」
 オロオロと、どうやって傷を手当していいかわからずに逡巡する成瀬姉弟と対照的に、しげしげとその傷を眺めるかぼとミーシャ。
「これが痛くなかったら、オレがおかしいよな。……まあ、いいさ」
 予想済みの傷だ。
 朝比奈に死の危機が訪れた時に、巡やかぼたちがどう出るか。その賭けのようなものだったのだから。
 それにこれからは、こんな傷が増える時代になる。確実に。

「しかし、悲しいもんだね。人間から出来た物の怪ってのも」
「……そうだな……」
 神妙になって呟く朝比奈の言葉に、かぼはどこか、遠い場所を思い馳せるような眼差しで、静かに頷いた。





==椎名の呟き==
一応、これにて第四話終了でございます~。
次回からの第五話で、このお話も収束に向かう予定です。大きな事件とかは起きずに、のんびりとラストを迎えそうですけどねw

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2007.07.22

 千年以上の長い時を、その血を絶やさずに生き続けてきた魔の子供たち。
 その末裔である氷村が、身をもって知っている事実。

 母体である人間に受け入れられなかった物の怪は、意趣返しのようにふたつの血を分けた子供を作り上げた。そうしてもなお、彼の居場所がどこかに出来るでもなく。更なる仕返しのように、人間は彼もその血を受けた子供も少女も、受け入れなかった。
 そして彼は。
 積み重なった怒りと屈辱を突き崩すかのように、一帯の人間を残さず滅ぼし。
 結果、その集落は廃村となった。

 その後彼は、自分と同じ物の怪たちによって、その魂を消された。

 物の怪たちが一丸となって、彼に向かってきた訳ではない。
 けれど、どこでどの物の怪と遭遇しても。怒りに満ちた目が、彼に襲い掛かった。
 自分たちの立場をも危うくする彼の行動を許す者は、ひとりとしていない。社会を持たない物の怪たちの中でさえ、まるでそうと示し合わせているかのように。彼を生かしていて良い存在だと認識する者は、誰もいなかったのだ。
 彼は自分の所業によって、物の怪の中でも、居場所を失った。

 彼はこの世から消えて無くなり。
 ひとつの集落が滅びた。
 これが、互いに歩み寄れなかった生と魔が招いた、当然の結果だった。

「生は魔に、魔は生に裏切られる。それはもともと、相容れることのない道を行く者同士だからなのだろう。だから」
 だから。
 どうせ傷つけあうくらいなら、最初から共に歩むことなど考えなければいい。
 だから問うた。
 どういうつもりで、お前たちは共にいるのかと。

 そして、もしも。

 もしも、それでも共に行こうとするならば。そこに、何者にも引き裂かれることのない絆を、しっかりと作り上げて。
 それが、彼と、彼の前を生きていた先達の、本当の願いだ。
 そんな絆が、本当に存在するのなら。
 違う存在である者同士が、それでも同じ時を過ごす時代は、必ずやってくるのだから。
「それを実現するために、私たちは命を繋いできたのかもしれないと、そう思うこともある。だからこそ、私は私の手が届くごく僅かな範囲だけでも、干渉して生きて行きたいと考えた」
 生と魔が、傷つけ合うことなく、できれば共に、ひとつの時代を過ごして行けるように。

 そうでなければ、ふたつの血を持つ自分たちが悲しすぎる。

 魔の刻が進めば、生の刻の住人たちは、じわじわと危機的立場に追われて行く。そうした時に、憤りを向けるとすればその先は、魔の刻の住人たちだろう。お互いを侵食し合ってしか繁栄できない対の存在なのだから、仕方がない。
 そうあってもなお、築ける信頼が。
 確かにあるはずと信じたい氷村の思いは、ただの感傷だろうか。
 もとより、誰も理解することの出来ない思いではある。けれどそれでも、人も物の怪も、長い時間の中にあって変わって行くものなのだと信じていたいのだ。

 そして、次に来る魔の刻は、これまでとは違う。
 魔物たちと、良くも悪くもちゃんと対峙していけるよう、土台を作り上げようとしている人間がいる。藤乃木たちのように。
 生も魔も、昔のままではないのだ。
 そんな組織からのバックアップを受けて、氷村は生と魔の絆に関わりながら生きて行ける。ひとりでは、到底出来ないことだった。

「社会を変えたい訳じゃない。私はそんな大それたことをやり遂げられる力などは持ち合わせていない。だが、放っておけば起こりうる悲しみを、ひとつでも減らせるようにと願うことは出来る」
 氷村は願い、その願いに則ってこれまで行動してきた。
 そんな彼に、巡やかぼが見せた姿は、救いとも希望とも言えるかもしれない。
「君たちのその絆が、永く続くものであることを願うよ。裏切られる回数は、少ない方がいい」
「……」
 ずっと以前からこんなことを繰り返してきたのであろう氷村は、おそらく何度も裏切られてきたのだろう。裏切られるとはすなわち、信じているということだ。
 真の絆を確かめるために、危機的状況を、その手で作り上げて。
 それでも揺るがないものを、見せつけてほしくて。

 理由もわからず襲い掛かられる恐ろしさは、巡たちも痛感している。

「これからも続けるの?」
「ああ」
 巡の質問に、氷村は即答する。
「相容れない存在と馴れ合うのもそれを避けるのも、それは個々の自由だ。だが共存を選ぶのであれば、それ相応の覚悟が必要であることを、知ってもらわなければ困る」
 個人の問題で済まなくなる前に。
「今年度いっぱいは藤乃木で教鞭はとる。だがその後は、各地を歩き回ることになるだろう。それは藤乃木からの打診でもある」
 当然のように言う氷村に、朝比奈は肩をすくめた。
「大胆なことをするモンだな、あの爺さまも……」
 本当の本気で、生と魔のバランスを保つために、全力を注ぐ気でいるのだ。
 その組織というヤツは。
「反感も恨みもあるだろう? 過激派の存在もある。せいぜいへし折られないように、気をつけてくださいよ」
 皮肉めいた朝比奈の言葉だが、彼は本気で言っている。彼なりの気遣いであることは、氷村にも理解できているだろう。
「心配ない。とうに覚悟は出来ているし、自分で望んだことだ」
 物の怪の血を引く数少ない人間である氷村が、自分に出来ることを。
 それが、背負ってきた自分のものですらない悲しみを軽減できる術ならば。

 そう言って氷村が見せる微かな笑みは、決意も悲壮さも内包させていながらも、余裕のある力強いものだった。





==椎名の呟き==
数少ないって言うか、現存していてわかっているのは氷村とその父親だけなんですけどねー。
各地をほっつき歩いて、今回みたいな意地の悪い事件を起こすつもりらしいです、彼。

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2007.07.16

 自分の母体となる人間を傷つけ、命を奪う物の怪。
 そんな彼とは逆に、少女は生まれた子供を心から慈しんだ。

 神域とされるその場所に捕らわれ、奪われてその身に宿した禁忌の子供。
 その子供や自分に対し、物の怪である彼が、何がしかの情のようなものを傾けることはない。けれど少女は、人間と物の怪の魂を分けたその子供を愛した。
 己の中から生まれ来る命を愛さない理由が、彼女にはなかったのだ。

 子供が生まれるまでの間、ずっと物の怪の傍で半ば監禁されながら過ごしてきた少女だったが、子供のために、人の里へ下りなくてはならない。何もない山の中で身ひとつで、物の怪に投げ与えられるだけの糧では子供を育てることは出来ない。けれど。
 鬼と呼ばれる物の怪は、それでも自分が人と同じように作り出した子供というものに、興味のようなものは抱いていた。だから、子供を育てるために人の里へ帰ろうとする少女を、繋ぎ止めようとした。
 否、子供を連れ去るというなら、殺してしまおうとすら考えていたかもしれない。
 育てる親が無ければ子供も生きてはいられないと、彼はもう憶えてもいないのだろう。
 別に、その子供を愛しているという訳でもない。

 分かり合えない物の怪の傍から、少女は逃げ出した。

 鬼と呼ばれた物の怪は、今や本当の鬼のようだった。人々を殺め続けたその身体には鋭い牙と爪を持ち、その刃は容赦なく振るわれる。子供を庇いながら山を下る少女は、何度もその刃に傷を付けられた。

 木々が分かたれる。
 人家が見え隠れする。

 人里まで降りることができれば、少女は助かるはずだった。

 何とか彼の目から逃れて家々の狭間に隠れ、息を潜める少女。
 しかし彼女の命を絶ったのは。
 鬼の爪ではなく、人間の持つ武器だった。

 鍬か、鉈か。それが何かは、背後だったからわからない。
 後頭部に受けた衝撃を、地面に倒れ伏す少女が自覚していたかどうか。

 これが、鬼の子を宿した女だ。
 この赤子が鬼の子だ。


 人は。なんて。
 ――人は、悲しい。
 何かと交わっては生きて行けない、彼らが悲しい。
 結局逃げることしか出来なかった、自分が――悲しい。


 いつの間にか降り出した雨に地面は湿り、広がる赤の血が、土の色と混ざり合う。
 目を閉じることも叶わなかった少女が最後に見つめていたのは、その赤に染まった土の色と、自分の目の前に立つ、小さな少女の姿だった。




「その時に、わちがその赤子をさらって逃げたのだよ」
 かぼは、ため息のような言葉で締めくくった。
「……」
 僅かな間、その場の面々には言葉もない。
「……どうして、かぼが? その子をどうしたの?」
 巡が口を開いた。
「ヤツの所業は、風に乗って物の怪たちの間に広まっていたからな。人間と、あってはならぬ接触のしかたを繰り返すヤツを制裁しようと、多くの物の怪がその場に集結していた。わちも様子を見に行ったひとりだった訳だがな、いたたまれなくなって、子供だけは救い出そうと、そう思っただけだ」
 そうでなければ、子供の命もその場で奪われていただろう。
「禁忌の子だ。だがその子供は、何も知らん。せいぜい運を天に任せる程度の権利はあっても良かろうよ」
 だからかぼは、その子供を遠く離れた集落の、人間の家の前に捨て置いた。
「物の怪では、人間の子は育てられん。誰かに拾われなければ自然に消え行く運命の命だったろうが……生きる力が、あったようだな」
 こんなに永い間、その血を絶やさずにいたとは。
 そして何より。
 何も知らないはずの赤子。
 誰がそれを育てたかは知らないが、その里親ですら、その子供の出生は知らなかったはずだ。
 なのに、代々その末裔にまで、その出生が語られているということは。
 それを最初に伝えることが出来たのは、ただひとりだ。
「やはり、ただの子供ではなかったということだな……」
 その赤子は、生まれたばかりの己に起きた出来事を、記憶していたのだろう。
 自分がどうやって生まれ、どうやって生かされたのかを。
 自分の父親が何者で、母親がどんな末路を辿ったのかも。
 物の怪は、そのほとんどが自分がどうやって生まれてきたのかを記憶しているものだが、その力が、その子供にも受け継がれていたということか。

「そして、その血を受け継ぐ代々の子供たちは皆、己のルーツとなる鬼――物の怪の記憶を、多かれ少なかれ持っている」

 氷村の口から伝えられる真実。
 だから彼らは、話としてだけ知っているのではなく、己と深く関わる過去の出来事として、そのことを知っているのだ。欠片でしかないその記憶は、随分と曖昧なものではあったが。
 己の身体を構成する物の怪の細胞は。偽物であるが故に、どれだけ代を重ねても、消えて無くなることはない。
 偽物の遺伝子。
 けれどそれは、確かに受け継がれていた。

「人を憎んでいた物の怪の記憶と細胞を継ぎ、しかし魔を受け入れられない人間として、私たちは長い時代、命を繋いできたのさ……」

 その末裔である氷村の表情は、苦渋に満ちたものだった。





==椎名の呟き==
台風の影響か、ここ二日間回線が死んでおりました……;;
この辺の過去物語は、もっともっちりと長くできちゃうんですけど、ちょっとうるさいので控えめにしておきました^^;
実は第五話にも引っかかってるんで、ここではさわりだけ、みたいな?

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オリジナル&二次小説、ボカロKAITOやゲーム感想や普通の日記をとめどなく。
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